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<Day 9 ジャイプル >


            1月14日 (ジャイプル

 7時半に起き、ホテルの屋上に上がった。
 昨日ホテルのオーナーと話した際に、朝から屋上で凧を上げるから見に来るといいと言われていたのだ。
 屋上にはミシェルがいたのでまた少し話をし、ホテルのスタッフらしき男性2人が凧をあげるのをしばし眺めた。雲は少し出ているが、いい天気になりそうだった。青い空に凧はゆっくりと舞った。
 その後パールパレスに行き、そこの屋上レストランでロバートと一緒に朝食を取った。インドではこの屋上レストランというものがとても多く、そういった場所は大抵眺めもよくて気持ちがよかった。それはパールパレスのレストランも例外ではなく、ホテルの洗練された雰囲気も加わって、これまで行った屋上レストランの中でも一番ではないかと思えるくらい素敵な場所だった。注文したチーズトーストもとても美味しく、このホテルの人気が高いのも当然だなと感じた。

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 食事をしながらなんとなくお互いの生活についての話となり、僕はここ数年自分が臆病になり、自分の可能性を狭めて暮らしていたように思うこと、そしてこの旅に出てその可能性が広がったような気がするといったことを話した。
 ロバートは自分のパートナーについて話をした。彼は結婚していなかったが、一緒に住んでいる女性とその女性との間に生まれた息子がいた。結婚はしないのかと訊ねると、したくないし必要も感じないと言った。彼は今インドをひとりで旅しているが、実はインドに入る前はパートナーと息子と3人で東南アジアを旅していたのだという。そしてインドは息子を連れて旅するには厳しい土地であると思い、そこからは家族と別れて一人旅に切り替えたのだという。旅の途中で家族と別れて一人になる……よくパートナーが許したものだと思いつつ、そんな旅の仕方もあるのだなと感心してしまう。彼はバンコクから飛行機でムンバイ(ボンベイ)に行き、そこからウダイプル、そしてジャイサルメールに来たとのことだった。
「俺のパートナーはもともと外に出かけたりするのが好きな人間だったんけど、あるとき急に家の外に出るのを恐れるようになってしまったんだ。だから今回の旅は彼女にとってものすごく大きな出来事で、彼女自身もそれを実現できたことを本当に喜んでいたよ」
 パートナーと息子はすでにドイツに戻ったという。ロバートは旅に出てすでに3カ月くらいになり、インドの後はバンコクに戻り、そこからドイツに帰るつもりだと言った。
 だが……と、ロバートは少ししんみりするように話を続けた。
「こういうバックパッカーとしての旅を、自分はいったいいつまでやれるのかなとも思う。昨日も俺は数百ルピーでドミトリーに部屋を取ったし、それはそれで全然構わない。他の旅行者と部屋を共有するのは面白くもあるしね。でも俺は43歳で、テレビの放送作家としての仕事も持っている。別に金がないわけじゃない。もっといいホテルに泊まって、悠遊と旅をすることだってできる。今回旅をしていて、なにかそろそろそういう旅に切り替えてもいいのかなって思うこともあるんだ」
 ロバートの問いは、旅の魅力にからめとられてしまった他の多くのバックパッカーの問いでもあった。僕は今回インドに来る前に、34歳ではすでに遅かったかもしれないと感じていた。インドのような土地で安宿を探し回って貧乏旅行をするというのは、やはり20代とか、そういった年齢でやるべきことなのではないかという思いがあったのだ。しかしいざインドに来てみれば自分と同じような年齢、または自分よりも年上のバックパッカーなどが普通にいっぱいいることを知って安心し、なによりデリーの衝撃が強かったためそんなこともすっかり忘れて街をふらつきまわっていた。
 ただ街で見かけるバックパッカーの中で、僕が見出したひとつの傾向があった。
 確かに街を歩くバックパッカーは若者に限らず、30代もいれば40代もいる。50代以上に見える旅行者もめずらしくない。年齢の偏りはそれほどなく、各世代がそれなりに均等に存在する印象を受ける。
 ただし、これは西洋人においての話だった。
 たとえばこれが日本人となると、バックパック旅行をしている風体の旅行者は20代から30過ぎくらいまでが主で、40代以降となるとほとんど見当たらない。見たことがないと言ってもよいかもしれない。そもそもインドでは日本人の旅行者を数えるほどしか見ていなかったが、これはインドに限らず他の外国でも一緒だと思われた。よって僕が姿を見てやや安心した存在というのは、基本的に西洋人のバックパッカーだったことになる。彼らは年を重ねても、どこか旅に対して自由であるように見えた。それは長期休暇が取りやすい西洋の社会事情も関係しているのかもしれない。

<長い旅などは若いうちだけ。いい年になったらふらふらしないで社会の中に足場を固めることに集中しなさい……>

 自分の足場を固めた上で長い旅に出る。日本社会におけるその難しさを思った。そしてだから日本人のバックパッカーは年齢が上がるほど、世の中からはじかれてしまったような、屈折感がにじむ者が多くなるのかもしれないと思った。彼らは旅を捨てられなかったのだ。20代の頃にその魅力にからめとられ、30代になっても忘れられず、気づけば日本の社会に居場所を失っていた。だからそれを忘れるためにまた旅に出る……
 自分もいつかはバックパッカーとしての旅行がつらくなるときが来るのだろうか。それは頭で考えれば当然のことのようにも思えたが、今の自分にはよくわからなかった。

 その後今日のプランをどうするかという話になり、郊外にあるというアンベール城、そして旧市街の東にあるナルガール要塞という場所に行ってみようという話になった。
 階段をおりてフロントまで行き、そこでリクシャーを呼んでもらった。行程を聞いた運転手は、町の近くに「モンキーテンプル」という猿がいっぱいいる寺院があるから、そこにも案内してやろうと言ってきた。僕らはそれも面白そうだと同意し、全行程を550ルピーでまわってもらうことで話がまとまった。
 まず初めにモンキーテンプルに行った。リクシャーを停めて坂を登っていったところにあるその寺院には確かに猿がいっぱいいた。また高い場所にあるために眺望がよく、坂の途中からはジャイプルの街が一望できた。屋上で凧を上げている人の姿が見え、至るところで音楽をかけているらしく、丘の上にいる僕らのもとまで音が聴こえてきた。
 その後町の郊外で凧を上げる人々や、祭りを祝う楽隊の演奏などを見物したのち、アンベール城に行った。淡く黄色がかった石一色で統一されたその城は、予想以上に立派で大きいものだった。
 チケットは普通のチケットと音声ガイドつきチケットの2種類があったので、普通のチケットを購入した。値段は200ルピーだった。中はちょっとした迷路のようでもあり、インド人と外国人両方の観光客がたくさんいたが、敷地が広いのでそんなに混み合っている感じもしなかった。城は岩山を背にするようにして立っており、装飾を凝らした門や壁などなかなか見応えがあった。ガイドがないのではっきりとした歴史的背景などはわからなかったが、かつてインドに存在した王朝のひとつが建てたものなのだろう。インドが持つ多様な歴史の一端を感じさせられた。

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 ゆっくりと2時間くらいかけて広い城内をまわったのちに、リクシャーの運転手のもとに戻り、この日最後の目的地として設定したナルガール要塞に向かった。
 ナルガール要塞はジャイプルの旧市街の東端に隣接する小さな山の上に建てられていた。僕らは山のふもとにリクシャーを待たせて歩くことになったのだが、いざ歩き出そうとしたときにリクシャーの運転手が思わぬことを言い始めた。
「今日は祝祭の日なので早めに家に帰って家族と一緒に祝いたい。なので私はここで帰ってもよいか?」
 約束ではすべての場所をまわってからホテルまで送り届けてくれるということになっていたので、それは約束が違うとロバートはいささか憤慨した様子で言い返した。しかし運転手はどうしても家に帰りたいらしく、ここなら別のリクシャーもすぐ見つかるし、ホテルまでもせいぜい50ルピーぐらいだと、どうにか僕たちを説得しようとする。どうしたものかと思ったが、祭りを家族と一緒に過ごしたいというのはなんとなく理解できる気がしたし、最終的に彼の要望を受け入れることにした。
 運転手が走り去ったのち、それなりに急な坂を20分ほど登っていくと、山の頂上にあるナルガール要塞に到着した。アンベール城に比べるとやや見る所の少ない場所に感じたが、山からの眺めは素晴らしかった。近くにいたリクシャーの運転手が声をかけてきたので、パールパレスまでの値段を聞くと300ルピーだと言ってきたので冗談じゃないと言って断り、再び山のふもとまで歩いて戻ることにした。
 つづら折りになっている石畳の道をゆっくりと降りていくと、やがて日が暮れはじめ、ジャイプルの街の向こうに大きな太陽が沈んでいくのが見えた。
 さらに坂を下りていくと、薄暗くなりつつある空に花火が上がり始めた。僕らは山の中腹にいるので、花火は眼前に見下ろす街からちょうど僕らの視線の高さに向けて上がってくるように見える。それも一箇所ではなく、街のあらゆる場所から打ち上げられていた。
 さらに眼下の街が近づいてくるにつれて、昼間から聴こえていた音楽の音量もどんどん大きくなっていった。すべての家がスピーカーのボリュームを最大にして音楽をかけているのではないかと思うくらい、街全体がものすごい音で包まれている。
 ドンドコ、ジャカジャカ、ドンドコ、ジャカジャカ……あらゆる音楽が混ざり合ってひとつの大きな音となり、空のいたるところでは花火が弾け、それと重なるようにして凧が舞っている。まるでジャイプルの街全体が生きて、動いているようだった。
 祭りだ……確かに今日は祭りだ。それは圧倒的な光景だった。
「This is amazing!」
 同じく興奮してその光景を眺めるロバートと言葉を交わしながら、僕はこのような日にたまたまこの街を訪れ、この時刻に街を見下ろすこの場所にいる自分の幸運を思った。

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 音楽と花火と凧のスペクタクルを堪能しながらふもとまで下りた僕たちは、そこでリクシャーをつかまえてパールパレスに戻り、屋上のレストランで夕食を食べた。
 今日は夜の9時半から映画を見ることになっていた。まだ7時半を過ぎたばかりだったので、のんびりと食事をしながら、レストランで出会ったニュージーランドから来たカップルや、同じく旅行をしているという73歳の年配の女性らと言葉をかわして過ごした。ロバートは悠々と旅をしている年配の女性になにやら感銘を受けたようで、しばらく2人で話し込んでいた。
 9時過ぎにホテルの前でリクシャーをつかまえて映画館へ向かった。
 5分ほど走って映画館に着くと、建物の前にはかなりの数の人が集まっていた。チケット売り場の前には長蛇の列ができており、これは事前に買っておいて正解だったなと思った。
 外から見ると建物は薄汚れていて、それほど新しい感じもしなかったのだが、中に入るとすごく綺麗で豪華なので驚いた。

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「こいつはムービー・パレス(映画宮殿)だよ!」
 ロバートが興奮しながら言い、2人で写真を撮ったりしていると、奥のほうから「ワーッ」という大歓声と指笛をピーピー鳴らす音が聞こえてきた。
「映画が始まったのかもしれない!」
 ロバートが言い、2人で走っていった。
 席は1階と2階に分かれており、僕たちは2階の指定席だった。扉を開けて薄暗いシアター内に入ると、予想通り映画がちょうど始まったところだった。
 観客の興奮度合いはすさまじかった。オープニングクレジットが始まり、主演男優が画面に登場した途端にやんやの大歓声。ヒロインが画面に映るとまた大歓声。特に1階席にいる者たちの反応がすごく、アクションシーンやダンスシーンなど始まろうものならとんでもない騒ぎになる。みんな立ち上がり、声をあげたり、拳を突き上げたり、一緒に踊ったりと、大げさではなく、ワールドカップの決勝でも見ているかのような熱狂度合だった。映画自体もなかなか面白かったのだが、観客を見るのはその何倍も面白かった。
 映画は休憩をはさんだ2部構成になっており、全部で4時間くらいあっただろうか。言葉はわからないなりに、なんとなくストーリーは追えた気がした。やがて長かった映画もようやくハッピーエンドにたどり着き、心地よい余韻にひたりながら、リクシャーに乗ってホテルに帰った。

 パールパレスに着き、明日も屋上レストランで朝食をしないかとロバートに言われ、さてどうしようかと思った。僕は明日の朝、ホテルからそのままジャイプルのバスステーションに直行するつもりでいたのだ。
 僕はそのバスステーションから、アーグラという街に向かうバスに乗るつもりだった。つまり明日ジャイプルを去ろうと思っていたのだ。短い滞在だったが、フェスティバルの日にちょうど当たったりと、悪くない時間が過ごせたように思えた。もう数日滞在しても、それはそれできっと楽しい滞在になるだろうが、他にも訪れたい場所がある以上、移動のタイミングも考えなくてはならなかった。
 僕はしばし考え、アーグラとジャイプルは大して距離が離れていないことから、多少遅れて出発しても問題なかろうと思い、ロバートの誘いを承諾した。
 いずれにせよ、僕は明日アーグラに向かうのだ……
 時間に追われるような窮屈さをどこかで感じながらも、自分にそのように言い聞かせた。
 インドに来て、9日間が過ぎていた。