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<Day 20 バラナシ >



                1月25日

 6時過ぎに起床した。
 依然として重い感触は続いていたが、僕はロバートとの待ち合わせ場所に行ってみることにした。
 
 ガートに出てアルカ・ホテルのほうに向かって歩いていくと、ボートの交渉をしているロバートの姿が目に入った。近づいて朝の挨拶を交わし、僕も交渉に加わった。
 最終的に30分で60ルピーという額で交渉がまとまり、僕らはボートに乗り込んだ。まずシータ・ゲストハウスなどがある上流方面へとしばらくこいでもらい、そこからUターンする形で今度は大きな火葬場があるマニカルニカー・ガートまでこいでもらった。快晴の続いていたバラナシでは珍しく少し雲が出ていたが、早朝のガンジス河の上を漂うのはやはり気持ちがよかった。

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 遊覧後はいつものように対岸に上陸し、スタンドで軽食を買って食べ、チャイを飲みながら沐浴をする人々や、水遊びをする子供たちの様子を眺めた。
 そして最初にボートを乗った場所に戻り、料金を払った。ゆっくり河をまわったこともあり、乗ってから2時間半が経過していた。全部で300ルピー、ひとり150ルピーだった。今度は料金でもめることはなかった。

 午後3時に再びアルカ・ホテルのレストランで落ち合う約束をして、僕は一旦宿に戻った。
 宿の庭にはオリバーと50代くらいに見える女性2人組がおり、椅子に座って話をしていた。女性2人もこの宿の宿泊客のようで、どうやらフランス人のようだった。それがわかったのは、オリバーが彼女たちとフランス語で会話をしていたからだ。しかもオリバーのフランス語はカタコトといった感じではなく、話すことにまったく不自由ないレベルのようだった。少し驚いてどうしてそんなにフランス語がうまいの、と訊くと、
「1年の半分くらいはパリに住んでるからね」
 と巻きタバコを吹かしながら彼は言った。彼は市販のボックスのタバコは一切吸わず、いつも葉っぱを自分で巻いて吸っていた。彼はロンドンとパリの2箇所に生活拠点があり、そのふたつを行ったり来たりしているのだという。フリーランスのフォトグラファーでロンドンとパリをまたにかけて活動しているなど、まったく粋を絵に描いたような生活だなと思った。オリバー自身はよい意味でアーティスト然としたところがなく、いまだにやんちゃ坊主のような雰囲気を漂わせていたりするので、正直こんな男が本当に写真を撮るのだろうかと感じたりしていたのだが、ひょっとしたら彼はなかなかの人物なのかもしれなかった。もっともロンドン - パリというだけでわあっとなってしまうのは日本人特有のヨーロッパ崇拝に過ぎず、彼にとってはごく自然のことなのかもしれなかったが。

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 今日もまたベンガリー・トラ通りのインターネットショップに行ってメールをチェックすると、トーコちゃんから返信が来ていた。
 サールナートから帰った夜に高熱を出してしまい、昨日は一日寝込んでいたらしい。ようやく少し動けるようになったので3時にアルカに行きますと書いてあった。

 また宿に戻り、マネージャーに列車のチケットについて訊ねた。
 僕は結局ブッダ・ガヤに行くことはやめ、ここから直接コルカタに向かうことにした。自分もそろそろバラナシを離れる頃合いかなと思い、明日か明後日の夜行便でコルカタ行きは取れないかとマネージャーに言うと、調べておくと彼は言った。
 部屋に戻り、ベッドに寝そべった。
 この重い感覚を取り去るには、やはり移動してしまったほうがよい気がした。一箇所に留まり続けると、身体が停滞してしまう。今の自分の状態には、バラナシのこの時間のゆっくりさが悪い方向に作用するように思えた。あるいはバラナシに居続けたことがこうした感覚を呼び戻した部分もあったのかもしれない。とにかく移動の中に身を置き、否が応でも精神の流れを循環させることだ。そうすればまた活力が出てくるだろうと期待した。
 そんなことを考えていると、開けっ放しにしていた部屋の入口から数匹の犬が部屋に駆け込んできた。オロとその友達の子犬たちだった。オロというのはマネージャーが飼っている白い犬で、基本的に放し飼いなので宿の中を自由に歩き回っていた。庭で寝そべって昼寝をしているときもあれば、屋上に上がって遊んでいるときもあり、愛嬌のある彼は宿泊客のマスコットのような存在でもあった。普段はドアを閉めていることが多いので、部屋にまで入ってきたのは初めてだった。
 僕はベッドから起き上がり、オロと子犬たちの相手をした。オロも子犬たちも本当に可愛くて、一緒に遊んでいるうちに少し元気になった。

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 3時近くになったので、宿を出てアルカ・ホテルに向かって歩いていった。
 少し早めに着いたので、ホテルの下の石段に座って河を見ているとトーコちゃんが現れた。彼女はまだ身体が本調子ではないようで、少し疲れたような表情を浮かべていた。
 石段に座って話しながら3時になるのを待っていると、ひとりのインド人の男が声をかけてきた。最初はいつものセールストークだったが、それを断っているうちになぜか話は僕自身のことになった。僕は日本にいる女性の話をし、彼はわりと真面目にそれを聞きながらいくつかのアドバイスをくれたりした。自分は誰かに吐き出したかったのかもしれない。トーコちゃんは横で黙って話を聞いていた。

 3時になったのでレストランに行き、ロバートと合流した。
 トーコちゃんをロバートに紹介し、しばらく3人で話をしていたが、トーコちゃんはやはり体調がすぐれないらしく、30分ほど話したところで気分があまりよくないので宿に戻ると言った。
 彼女の顔色はさっきよりも悪くなっていた。レストランの外に出て、ガートまで一緒に下りていこうとすると、石段の途中でしゃがみこんでしまった。
「少し休めば大丈夫です」
 そうは言うものの、これは大分悪そうだと思った僕は彼女を宿まで送っていくことにし、ロバートにはあとでメールをすると言って別れた。

 トーコちゃんはシヴァ・ゲストハウスに泊まっていた。
 休み休みゆっくり歩きながらどうにか宿にたどり着くと、彼女はフロントの前にあったソファーに崩れ落ち、そこから動けなくなった。これはいよいよ深刻だと思った僕は、宿のマネージャーに彼女を病院に連れていきたいと言った。
「それならヘリテージ・ホスピタルに行くといい」
 と彼は言った。そこがバラナシで一番よい病院らしい。僕はわかったと言い、すぐに戻ってくると言って自分の宿に向かった。英和辞書を取りにいこうと思ったのだ。病院に行くのであれば病状を説明したりする必要がある。医学用語など、自分の知らない単語も向こうから聞かされる可能性が考えられる。意思の疎通で間違いを犯さないために辞書は必須だった。
 走って宿に戻ってバックパックから携帯用の小さな辞書を取り出すと、またシヴァ・ゲストハウスに向かって走った。

 その途中、シータ・ゲストハウスの前を通った。僕は一瞬考え、中に入っていった。フロントにはいつもの紳士なマネージャーがいた。
「友達が体調をひどく崩して大変な状態なのだが、病院に連れていくとしたらどこが一番いいだろうか?」
 僕はそう訊ねた。シヴァ・ゲストハウスのマネージャーを信頼していないわけではなかったが、見知らぬ土地で万が一変な病院に連れていってしまったら大変なので、一応セカンド・オピニオンを訊いておきたかったのだ。そして僕はこのシータ・ゲストハウスのマネージャーをかなり信頼していた。
 マネージャーはほとんど考える間もなく言った。
「ならヘリテージ・ホスピタルに連れていきなさい。あそこが一番いい」
 どうやらヘリテージ・ホスピタルで間違いなさそうだった。僕は彼に礼を言い、再び駆け出した。

 シヴァ・ホテルに戻るとトーコちゃんは依然としてソファーに横たわったままだった。眠っているようだった。
 マネージャーにリクシャーを呼ぶように頼むと、彼はすぐに了解して電話をかけた。
 電話が終わると彼は、君の好意に感謝するといった意味のことを言い、それからこんなことを言った。
「彼女は昨日も本当にひどい状態だった。だがここに宿泊している日本人たちは何もしない。さっき君がいなくなった間にも宿泊客が外から戻ってきたが、彼らは何もしない。ただ"大丈夫ですか?"と声だけかけて部屋に戻ってしまった。どういうことなんだ? 同じ国の人間だろう? なぜ誰も助けようとしない?」
 彼は憤っていた。僕も憤っていた。数日前にこの宿の屋上で会った男や、街で見かけた「沈んだ」者たちの顔が浮かび、彼らに対して感じていた違和感が一気に怒りに変わって沸騰したようだった。しかし今はそうした感情を爆発させているときではなかった。
 トーコちゃんはほとんどまともに歩けなかったので、マネージャーは比較的路地の奥まで入ってこれるサイクル・リクシャーを呼んでくれたようだった。やがて到着したとの連絡が入ったので僕はトーコちゃんを起こして海外旅行保険の手帳だけ取ってきてもらい、ふらつく彼女と一緒に数十メートル歩き、リクシャーに乗りこんだ。

 リクシャーは渋滞に巻き込まれてなかなか進まなかった。トーコちゃんの状態はどんどん悪化していっているようで、話しかけても鈍い返事しかしなくなっていた。どうにもならないとわかっていたが、とにかく急いでくれと運転手に言い続けた。

 ようやく到着した病院の中は人で混み合っていた。シータ・ゲストハウスのマネージャーに「着いたら外国人用の受付に行け」と言われていたので、その通りにした。受付はすぐに終わり、僕らは廊下の椅子に座って待つことになった。
 やがて病院のスタッフがやって来て、意識がもうろうとしているトーコちゃんに症状を訊ねた。彼女を手伝って状態を説明すると、すぐに救急治療室に運ばれることとなった。
 廊下には診療を待っていると思われるインド人たちが溢れ、その列は階段の踊り場まではみ出していた。とにかく治療が受けられそうだということに安堵しつつも、このひとたちも皆待っているのだなと思った。シータ・ゲストハウスのマネージャーは外国人用の受付に行けと言った。なぜならそこに行けば優先的に診てもらえるからだと。
 床に横たわっている人たちをすっ飛ばして治療室に行くことに何も感じないわけではなかったが、やはり一刻も早く診てもらいたかった。この列に並んで待つなど正直考えられなかった。こういうときは、やはりどうしようもなく自分の目の前の人が大事だった。

 彼女は救急治療室のベッドに寝かされた。
 その表情は青ざめ、身体がガタガタ震えていた。一体どんな病気にかかったのだろう。自分にはまったくわからなかったが、とにかくひどい状態になっていることは明らかだった。
「私、だめかもしれません」
 唇を震わせながら、青い顔で彼女が言った。そんなわけないよと言いつつも、自分もどんな症状なのかまったくわからないので不安は消えなかった。
「目を閉じると火葬場が見えるんですよ」
 彼女は小さな声で、寒い寒いと繰り返した。
 
 しかし治療はなかなか始まらなかった。
 早くなんとかしてくれと言うと、スタッフの男が僕のところに来て保険会社に電話をしてくれと言った。保険がおりると確認できない限り治療は始められないのだと言う。何を悠長なと思ったが、とにかく彼に連れられて事務所のような場所に行き、彼女が加入していた海外旅行保険の会社に電話をした。
 やがて電話がつながり、受話器の向こうから日本語が聞こえてきた。しかしザーッという電話のノイズがひどく、相手の声も遠くて半分くらいしか聞き取れない。それでもとにかく症状を伝え、早く治療を受けられるようにしてくださいと言うと、向こうは冷静なトーンのまま、わかりました、大丈夫のはずですので少しお待ちくださいと言って電話を切った。
 すぐに治療室に戻ろうとしたが、まだ手続きが終わっていないので事務所に残るようにと言われた。そこから再度かかってきた電話の応対をし、なにかのファックスを送ってもらい、保険関連の用紙に記入をして、ようやく治療ができるということになった。
 治療室に戻るとドクターがやってきて大丈夫、もう心配するなと言った。何本かの注射が打たれたが、彼女は依然として寒い寒いと言い続けた。ドクターに本当に大丈夫なのかと訊くと、
「ちょっと悪い病気にかかっただけでよくあることだ、すぐによくなるから心配するな」
 と言い、別の患者を見るためにいなくなった。

 依然としてトーコちゃんは救急治療室に寝かされたままだった。僕はベッドの横にある椅子に座り、ドクターたちが戻ってくるのを待った。
 集中治療室には複数のベッドが並べられており、それぞれのベッドで治療が行われていた。向かいのベッドにストレッチャーで男性が運び込まれ、すぐに心臓マッサージが始まった。昔見たドラマの「ER」を思い出した。しかし目の前の光景は現実だった。しばらく蘇生が試みられていたが、やがて男性の死亡が確認された。
 ガンジス河で何体もの死体を見ていたが、病院でもまた当たり前のように死がそこにあった。椅子に座りながら、シーツをかけられて運ばれていく男性をただ眺めていた。

 トーコちゃんはこのまま入院することとなった。
 レントゲンを撮り、血液検査をし、運び込まれてから4時間ほどが経ってようやく彼女は集中治療室から出た。点滴につながれてストレッチャーに乗せられた彼女の状態は幾分落ち着いたようにも見えたが、依然として顔色は青ざめたままだった。いずれにせよ自分にできることはもうなかったので、あとはドクターの言うことを信じるしかなかった。
 彼女は2階にある個室に運ばれ、そこのベッドに寝かされた。
 看護師たちが入れ替わりにやってきたが、彼女たちのほとんどは英語が話せず、状態を訊ねても困ったようにヒンドゥー語で返してくるだけだった。
 時計を見ると夜の10時をまわっていた。
 ロード・ビシュヌは夜10時になると門を閉めてしまう。このまま帰らないと宿のマネージャーが心配すると思ったので、僕は状況を伝えに一旦戻ることにした。
 トーコちゃんにすぐに戻ってくると言うと、病室の外に出た。1階のロビーに下りると、廊下には依然として診療を待つ人々が長い列を作っていた。
 
 リクシャーをつかまえてゴードウリヤーに戻り、そこからロード・ビシュヌに向かって走っていった。
 宿の門はまだ開いていた。遅かったじゃないかと言うマネージャーにトーコちゃんの状態を説明すると、
「俺にできることがあったら何でも言え」
 と言ってくれた。
「ヘリテージ・ホスピタルはいい病院だ。だから心配するな」
 彼もまた病院に太鼓判を押してくれた。それを聞いてまた少し安心することができた。
 部屋に戻って小さなバッグに簡単な荷物を詰め、マネージャーに今日は病院に泊まるから門を閉めて構わないと言って外に出た。

 そこからシヴァ・ゲストハウスに行ってマネージャーに状況を説明し、近くにあるインターネットショップに行った。
 店はまだ開いていたので、中に入って素早くメールをチェックすると、ロバートからメールが届いていた。やはり彼もトーコちゃんの状態を心配していた。そして明日の14時50分の飛行機でデリーに行くので、正午くらいまではバラナシにいる、それまでに会えたら会おうと書いていた。今日の混乱ですっかり忘れていたが、ロバートは明日バラナシを発ってデリーに行き、そこからバンコクを経由してドイツに帰ることになっていた。僕はトーコちゃんが入院することになったことを伝え、ひょっとしたらもう会えないかもしれないが、時間が取れそうならまた連絡すると返信をして店を出た。

 再びリクシャーをつかまえて病院に戻った。
 トーコちゃんは病室でたくさんの注射を打たれ、ぐったりしていた。依然として状態は悪そうだった。
「こんなに注射を打つなんて不自然じゃないですか。もうやめてほしいんですけど……」
 彼女はそう言った。またやってきた看護師が今度は黄色い液体を点滴バッグに入れて注入し始めた。
 注入が始まるとすぐに彼女は寒い寒いと言って、ガタガタと震え始めた。看護師にこれはなんだと訊いても言葉が伝わらないので、ドクターを呼んでもらった。
 やってきたドクターに彼女が震えていることを伝え、こうした薬品は本当に必要なのかと訊ねた。彼もまた英語があまり話せなかったが、なんとか意思は伝わったようだった。ドクターは彼女の状態をチェックすると、
「ひょっとしたら何かのアレルギーかもしれない」
 と言って、点滴の薬品を取り換えた。トーコちゃんはもう注射はやめてくださいと言い、ドクターもそうしようと言った。その様子を見ているうちに、あるいは彼らは保険がおりるとわかったことで、なるべく治療代を高くしようとしているのではないかという思いが頭をよぎった。もちろん専門知識のない自分には、はっきりしたことなど何も言えなかったのだが。
 ドクターはこれが最後の一本だと言ってもう一度注射をすると、水をたくさん飲むようにと言って去っていった。
 
 ドクターが去ってしばらくすると、ようやくトーコちゃんの震えが止まった。
 彼女は僕が持ってきたクッキーを少しだけ食べ、看護師に渡された錠剤を飲んだ。
 時刻は午前2時を過ぎていた。ようやく少し落ち着いたらしい彼女は、横たわりながら話をした。
「今度インドに行ったら父親に縁を切るって言われました」
 ぜんそく持ちというだけでなく、彼女は元々身体が弱いようで、これまでも何度か病院の世話になってきているようだった。
「自分ではしっかりしてるつもりだったけど、私やっぱりどこか抜けてるんですかね……」

 やがて彼女は眠りについた。
 病院のスタッフが病室に簡単な寝床を用意してくれたので、僕もそこに横になり、部屋を消灯して少し眠った。