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<Day 11 プシュカル >



             1月16日 (プシュカル)

 7時過ぎに起きて部屋の外に出ると、隣の部屋からロバートも出てきたので、僕らは2人でホテルの外に出た。
 まだ外は薄暗く、吐き出す息が白かった。
 そのまま10分ほど歩いて湖に行き、ガートに出ると、そこにはすでに数人のインド人の姿があった。やがて山の向こうがうっすらと明るくなり始め、それが合図でもあるかのようにさらに多くのインド人が湖にやって来た。そして湖の水に身体を浸して沐浴をし、祈りを捧げ始めた。
 美しい光景だった。聖地であるプシュカルでは、早朝に人々が湖の水で沐浴をする。そう聞いていたので、僕とロバートは早起きをしてそれを見にきたのだった。
 他の場所がカオスで溢れているので余計にそう感じるのかもしれないが、プシュカルはとにかく平和な場所だった。僕とロバートは朝の光に輝く湖と、その光を浴びながら祈りを捧げる人々の姿をしばし眺め続けた。

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 その後、湖のほとりにあった屋上レストランに行った。
 湖を見下ろせる素晴らしい眺めのその場所で、僕はハニーレモン・パンケーキとコーヒーを注文し、朝食を取った。
 コーヒーを飲み、朝の空気を味わいながら沐浴を行う人々を見ていると、あらためて自分がインドにいることが信じられないような気持になる。まるで自分が別の人生を生きているような、あるいはこっちこそが本当の人生なのではないかという気すらしてくる。
 それはきっと何もかもが新しいからなのだと思う。旅は、とくに異国の旅における経験は、子供が初めて世界を覗くかのようにすべてが新しい。つまりあらゆることに慣れていないということだ。だからこそ普段の日常とくらべ、猛烈に自分の生を感じるのだろう。いつかはそれも日常に変わっていくのかもしれないが。

 日本とヨーロッパの巡礼者たちについてロバートと話したりしていると、ホテルのチェックアウト時間である10時になったので、僕たちはレストランを出てホテルに戻った。
 ホテルに戻り、オーナーと話して滞在をもう1日延長すると、僕は彼に鉄道のチケットの購入方法を訊ねた。プシュカルのあとは再度東にUターンする形でアーグラに向かおうと思っていたからだ。
 オーナーいわく鉄道のチケットは通常郵便局で購入するとのことだったが、なんなら彼が代わりに手続きをしてくれるというので、お願いすることにした。
 プシュカルには鉄道が来ていないので、まずはアジメールまで車で行き、そこで鉄道に乗り換えるとのことだった。僕は明日の昼の12時35分にアジメールを出発する列車のチケットを購入した。ロバートもまた、明日の深夜12時半にアジメールを出発するデリー行きのチケットを購入した。
 チケットの手続きが終わり、オーナーにこのあたりで何か面白い場所はないかと訊ねると、彼はこんなことを言った。
「オールド・プシュカルという場所を知っているかい?」
「オールド・プシュカル?」
 僕が訊ね返すと、オーナーはここから数キロ離れた場所にもうひとつ小さな湖があり、本来プシュカルはそこにあったのだと言った。今では町が現在の場所に移動したため大したものは残っていないが、湖やガートなどはそのままになっているという。歩いてでも行ける距離だというので、今日はそこに行ってもよいかなと思った。

 ホワイトハウスの屋上にもまた、屋上レストランがあった。チャイが飲みたくなった僕はロバートに屋上に行っていると告げて階段を上った。
 屋上に出て見る空は真っ青に晴れ渡り、汗ばむくらいに強い陽射しが照りつけていた。
 ホテルのスタッフがひとりでやっている小さなレストランでマサラチャイを注文し、椅子に座って飲んでいると、アジア系の顔立ちをした、小柄な女性が屋上に上がってきた。彼女の姿は昨日もこのホテルで見かけていたので、おそらく宿泊客なのだろう。はじめは離れた席に座っていたが、やがて僕のテーブルの隣に設置されていた二人掛けのブランコのようなものに座って本を読み始めたので、声をかけてみた。
 彼女はスイスからの旅行者だった。顔立ちが完全にアジア系なので、アジア系スイス人ということなのだろう。小柄で童顔なため女の子、と形容したくなるくらい若く見えるが、実際の年齢は30歳前後だろうか。インドに来て間もないという彼女に、僕はジャイサルメールやキャメルサファリの話をした。
 やがてロバートも屋上に上がってきたので、3人で話をした。
 これまでの道中や、これからの予定などについて情報を共有し合っていると、あるときから話題はお互いが持っているガイドブックの話になった。
 ガイドブックが話題になったきっかけは、ロバートとスイス人の女性が口々にお前の持っている本はすごいと言い始めたことだった。
 ロバートとスイス人の彼女が持っていたのは「LONELY PLANET」という、西洋人の旅行者にとって絶対的なスタンダードとなっている本で、僕が持っていたのはこれまた日本が誇る旅行ガイドブックの決定版「地球の歩き方」だった。
 たとえば僕らの誰もが行ったことのない、インドの南部のある町について話していたとする。僕らはそれぞれにガイドブックをのぞきこみながら、その町にはこんな名所があるらしいとか、こんな食べ物が有名らしいとか話をしていくのだが、「LONELY PLANET」にはごく表面的な情報しか書かれていないのに対し、「地球の歩き方」には町のこまかい歴史的背景や、現地に住む人種や宗教分布、それにちょっとした裏話のようなものまで、実にいろいろな情報が書かれていることが多かった。そして本を見ながらそうした内容を逐一彼らに伝えているうちに、そんな情報はこっちの本にはどこにも載っていない、その本はいったいなんなのだ、という話になったというわけだ。
 僕も前々から「地球の歩き方」の情報は本当に豊富だと感じていて、ここまで載せてしまったら現地での発見の喜びがなくなってしまうのではないかと危惧するほどだった。よって必要なところ以外はあまり積極的に読まないようにし、外出時には持ち歩かないなど、ある程度自分にルールを課していたところもあったのだが、このように自国の本を絶賛されると、それはそれでちょっと嬉しい気持ちになった。

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 そんな会話をしながら、それにしても、と関係ないことを思う。みんな英語がうまいよなあと。
 スイスの公用語はドイツ語なので、ロバートも彼女も母国語はドイツ語なのだが、別に無理する風でもなく普通に英語で会話している。さらに僕が感心したのは、彼らは2人で話し込むときでも僕がそばにいる限りは英語で話すようにしていたことだ。話すようにしていた、というのは彼らがそれを意識的に行っていることに僕は気づいていたからだ。
 キャメルサファリに行ったときもそうだった。ちょっと離れたところにロバートとリンダがいて、近くをぐるりと散歩してきた僕が近づいていったとき、彼らは確かにドイツ語で話をしていた。しかし僕がそばに来ると同時に、彼らは言語を英語に切り替えたのだ。別に僕が何かを喋ってその会話に加わったわけではない。彼らは引き続きそれまでと同じトピックで話し続けていたと思うのだが、言語だけが切り替わっていた。そうすることで僕がいつでも会話に加われるようにしてくれていたのだと思う。
 それは彼らからすれば些細なことだっただろう。しかし僕はそれ以降、異国人が混ざって会話をする際に、その場で言語的に取り残されているひとはいないかということを気にするようになった。僕は彼らから、異国人と付き合う際におけるマナーのようなものを学んだのだ。

 僕らは3人でオールド・プシュカルに行くことにした。
 ホテルのスタッフに大体の道を訊いて出発し、町の外に向かって少し歩くと、すぐに開けた道が続くようになった。天気はよく、寒くもなく暑くもないちょうどよい気候だった。
 のんびりした田舎道を、3人でテクテク歩いていった。人の姿はあまり見かけず、たまに牛や車とすれ違った。すれ違う車からは、歩いている僕らに対して手を振ってくるひとが多かった。

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 そういえば名前を訊いていなかったと、スイス人の女性に訊ねると、
「フォンよ」
 という返事が返ってきた。その名前から、あるいは彼女はベトナム系スイス人なのかもしれないなと思った。フォンはスイスで看護師をしているのだという。

 1時間ほど歩いてオールド・プシュカルに到着した。
 オーナーの言っていた通り、そこには小さな湖があり、沐浴するためのガートがあった。ただ肝心の湖の水がほとんど干上がってしまっており、地面が見えているところもある。プシュカルが現在の場所に移動したのは、この水の干上がりが原因なのかもしれないなと思った。
 それでもガートにはサリーをまとった数人のインド人の女性がおり、あまり綺麗には見えない水で沐浴を行っていた。寂れてしまったとはいえ、やはりここは聖地であるのだろう。

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 30分ほどそんな様子や、湖の傍を歩いていくラクダの列などを眺めていると、やることがなくなってきたので、そろそろ戻ろうかという話になった。するとフォンが言った。
ヒッチハイクして帰らない?」
 僕はそれまでヒッチハイクなどしたことがなかったし、これがデリーであれば警戒心が勝ってそんな気にはならなかったと思う。しかしこの平和なプシュカルではそれも悪くないアイデアのように思えた。
 僕らは町に向かって歩きつつ、車が来ると親指を立てる例のポーズをした。すると何台目かにやって来た大きなトラックが僕たちの前で停車した。
「プシュカルの町まで、いいかい?」
 ロバートが声をかけると、色の黒く髭をたくわえた中年の運転手が無言で乗りな、というジェスチャーをした。僕らはトラックのステップから運転席に登り、僕が助手席の後ろのスペースに、ロバートとフォンが運転手の横に座った。
 トラックが走り出し、景色が一気に流れ出した。運転手のおじさんはほとんど英語を話さなかったので、会話らしい会話はできなかったが、悪い人ではなさそうだった。車内には大音量で軽快なインド音楽が流れており、それが流れていくインドの景色とマッチしてなんとも言えない愉快な気分になってくる。
「This is great!」
 ロバートがニコニコしながら言った。僕もまったく同じ気持ちだった。インドの田舎で、見知らぬおじさんのトラックに乗って、インド音楽を大音量で聴きながら走っている。本当にそれは「グレイト」な感覚だった。

 やがてトラックがプシュカルの町に入ると、ロバートがこのへんで、というジェスチャーをし、大通りのてきとうな場所で礼を言って降ろしてもらった。おじさんは特に何を求めることもなく、ほとんど表情を変えずにそのまま走り去っていった。
 車で帰れたこともあり、日暮れまでには大分時間があった。僕とロバートは町の中にあるブラマー寺院を見に行くことにしたが、フォンは寺院には特に興味がないようなので一旦別行動を取ることになった。フォンは日没を見るために近くの丘に登りにいくと言い、僕らは時間があれば追いかけて合流すると言って別れた。
 そうして見に行ったブラマー寺院はそれほど興味をひかれる場所ではなかった。結局僕らはフォンを追いかけることはやめ、寺院を見た後は路上のチャイスタンドでチャイを飲んだり、ガートを散歩したりした。

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 その後、朝にも行った湖畔の屋上レストランに行った。
 僕らは少し早い夕食を食べ、食後のコーヒーを飲みながら夕焼けに染まっていくプシュカルの空を眺めた。ふと空に凧が舞っていることに気づき、見下ろすと一軒の家の屋上に兄弟らしき2人の男の子がいる。凧を飛ばしているのは兄のほうで、手慣れた手つきで凧を操作するその様子を弟が見ている。青とオレンジが混ざった空に、凧は静かに舞った。
「I think... I like this country(俺はこの国が好きだと思う)」
 そんな言葉が口から出た。ロバートはこの瞬間の思いを書き留めようとしているのか、手帳を開いてペンを走らせていた。

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 日が落ちると町はぐっと寒くなった。レストランを出て2人でメインストリートを歩きながら、そういえばフォンは無事帰ってきただろうかと考えていると、路上の店でひとりでフルーツジュースを飲んでいるフォンと出くわした。夕陽はどうだったと訊くと、
「スイスで見る夕陽とそんなに変わりはなかったわ」
 と言って笑った。
 そんなことを話していると、にわかに通りが騒がしくなってきた。見るときらびやかな服装をして白馬にまたがった男性を先頭に、多くの人が行列を作ってぞろぞろと歩いてくる。行列の中ほどにはこれまた白馬に引かれた銀色の馬車が見え、その周りではサリーに身を包んだ女性たちが楽隊の奏でる音楽に合わせて踊ったりしていた。
 結婚行列かな、と思った。きっとそうなのだろう。あの白馬に乗っていた男性が新郎で、新婦はきっと馬車の中に乗っているに違いない。それにしてもこんな豪勢なパレードをやるのだから、かなりの金持ちなのだろう。気がつけばプシュカルにこんなに人がいたのかと思うくらい、通りは多くの人で溢れていた。
 僕らも行列にくっついて歩き、写真などを撮っていると、他の見物客の中にジャイプルで会った73歳の老婦人がいるのを発見した。彼女もプシュカルに来ていたらしい。このような偶然も、旅の中にいると驚くことではないような気がしてくるから不思議だ。

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 その後ホテルに戻った僕ら3人は、屋上のレストランでチャイを飲みながら話をし、明日の朝も湖畔のレストランで朝食を取ろうと約束をした。
 寝る前に1階に下りてメールをチェックすると、リンダから返事が来ていた。どうやら彼女はまだジョードプルにいるらしく、そこからプシュカルにやって来るつもりだという。ただし到着するのは明後日になるというので、残念ながら僕らとはすれ違うことになる。
 再び巡り合う人もいれば、すれ違う人もいる。それもまた旅だなと思いつつ、僕とロバートがアーグラに行ったりプシュカルに来たりしている間、リンダはずっとひとつの町にいたのだなと思った。